2007年6月8日金曜日

アレクサンドロス大王

興味があったので、ビデオを見て勉強した。以下はメモ

中国戦国時代、孟子荘子の時代

BC334年 ギリシア軍を率いてダーダネルス海峡を越えて小アジアへ侵攻
2年内、小アジア、エジプト支配、エジプトファラオの座につく
BC331年 ティグリス河上流のガウガメラの戦い(アルベラの戦い)、ペルシア軍25万との戦いで勝利を収める。バビロン地域支配下、省長(サトラプ)にペルシア人
同年、ペルセポリス占拠、次の年、ペルシア王宮に放火。ペルシア文化を受け入れ、ペルシア王となり
BC329年、ダレイオス3世死す
BC327年、ヒンズークシ山脈を越え、(アフガニスタンからパキスタンへ)
BC326年にはインダス河の上流を渡り、インドのパンジャブ地方(パキスタン)へ侵入
東ヒュパシス川辺に兵士の進軍拒否により引き返す
BC323年、バビロンで熱病によって「最強の者が帝国を継承せよ。」と遺言し死去(32歳)、帝国分裂へ

東西文化の交流:ペルシア人にも、ギリシャ人と対等の地位を与えた。
現地の文化と宗教を尊重した。

アレクサンドリアの建設:ギリシャ人の植民地として、エジプトのアレクサンドリア市、アフガニスタンのアイ・ハヌム遺跡(ギリシャの建物の中に、、ペルシア式の宮殿様式跡があり、神殿に祭られた神の像はギリシア神話のゼウスと中央アジアのミトラ神(太陽神)が融合したものとされる

感想:昔から戦いに強いと認識したが、人格にも非常に魅力があるとわかった。特に積極的に異文化を受け入れることに感心しました。





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